タダであげたからって,感謝されるとは限らない

援助と好感度 社会心理

差し引きゼロへの強迫観念

他人のお金で食べるご飯,最高においしいですよね。個人的には,満足度5割増しになります。浮いたお金で何しようとか考える時間も含めて,なかなかご機嫌なイベントです。

しかし同時に,他の何かも感じます。なにか喉に引っかかったような感覚です。このままでは何かよろしくないような…。そのモヤモヤを解消するため,奢ってくれた相手にはこう言うのです。「ありがとう。今度はこっちが奢るね」。

このように,人に何かをされたらそれに等しい価値を持った何かを返すという暗黙のルール互恵性と言います。これがないと,他人に協力してもお返しがないので,誰も協力しなくなってしまいます。社会的な生活は困難になるでしょう。

さて,ここである疑問が浮かびます。なにか良いものを受け取るとき,「返さなくていい」のと「返す必要がある」のは,どちらが受け手にとって喜ばしいのでしょうか。「返さなくていい」方が,利益の最大化という面では嬉しいですが,互恵性のルールからみるとバランスが崩れています。冒頭の例でモヤモヤを感じた原因です。

 こういうときに人々がどういう反応をするのか,アメリカ,スウェーデン,日本で調べたのが,下記の研究です。お金に困っているときに他人が助けてくれた,という状況を実験室で作り出しています。日本人は少し独特な傾向があるみたいなので,そこも注目してみてください。

 

論文紹介

Gergen, K. J., Ellsworth, P., Maslach, C., & Seipel, M. (1975). Obligation, donor resources, and reactions to aid in three cultures. Journal of Personality and Social Psychology, 31(3), 390–400.

問題の所在

他者から助けてもらったときに,人々が実際にどう考えふるまうのかを,お返しの有無を操作した実験によって検討しました。
通文化的な傾向を探るため,資本主義的な色合いの強いアメリカ,社会主義的な色合いの強いスウェーデン,義務の観念などについて独特の観念をもつ日本にて,比較を行っています。

手続き

実験参加者は4ドル相当のチップを渡され,ゲームを行います。好きな数字にチップを賭けて,当たれば勝ち,外れれば負け。ゲームは複数回行いますが,元手のチップがなくなったらそこで終了です。最後に残ったチップに応じて,実際のお金がもらえます。

勝ち負けはランダムで決まるとされていますが,実際には参加者がボロ負けし,次のゲームで負けたらリタイアになるというところまで追い込まれます。このとき,他の参加者から次のようなメッセージと共に1ドル相当のチップが封筒入りで渡されてきます。

【お返しなし条件】
「お返しは気にしないでください。必要ありません」

【お返しあり条件】
「これを使ってください。余裕ができたら返してください」

【利子付きお返し条件】
「これを使ってください。後で色を付けて返してくれると嬉しいです」

この援助のおかげで,参加者は無事にゲームを続けることができました。ゲームがすべて終わった後,次のような質問に回答します。

①プレゼントの送り手を,どれくらい好ましいと感じるか。
②実際にいくらお返ししたか。
③ペアで行われる次の実験で,どのくらい送り主と組みたいと思うか。

結果・考察

①プレゼントの送り手を,どれくらい好ましいと感じるか。
→3ヶ国とも,お返しあり条件>お返しなし条件でした。
よって,お返しの必要がある方が,送り手への好感度が高いようです。

また,アメリカと日本でお返しなし条件>利息お返し条件でした。
スウェーデンだとここには差が見られず(操作の失敗?)。

日本は他の2ヶ国に比べ,条件間で好感度の変動が大きい傾向がありました。ギブアンドテイクが成立しているときには最も好感度が高く,そうでないときにはガクッと落ちていたのです。

②実際に,いくらお返ししたか。
→お返しの有無による差は見られませんでした。

③ペアで行われる次の実験で,どのくらい送り手と組みたいと思うか。
→お返しの有無による差は見られませんでした。

 

タダであげるときは格好つけないで

タダでもらうことへの抵抗感というのは,やはりそれなりにあるようです。それだけでなく,プレゼントの送り手に対する好感度にまで影響していました。では,その理由はなんでしょう。

実験後のアンケートによると,お返しあり条件の実験参加者は,それ以外の条件に比べて「与え手のコミュニケーションは適切」「与え手は私を好きである」と感じていました。

たしかに互恵性の観点から見れば,お返しなしの申し出や利息の要求は,それ自体相互の収支バランスを崩すものです。それをわざわざするというなら,意思疎通の不足や,相手からの敵意を勘ぐるのも無理からぬことでしょう。タダでものをあげるときには,変に格好つけず,どういう意図によるものか説明した方が素直に感謝してもらえそうですね。

また,日本人は他の2ヶ国の人に比べ,条件間で好感度の変動が大きい傾向がありました。

 その理由について論文ではあまり触れられていません。一つ考えられる説明は,互恵性ルールから外れることへの警戒感がより大きいという可能性です。互恵性のルールから逸脱すると,自分の所属するコミュニティから追放される危険があります。人々の移動が限定的なムラ社会だった日本では,その他の国よりそのダメージが大きかったでしょう。それをお互いに承知しているからこそ,互恵性からの逸脱を誘うような申し出には敏感に反応したのではないでしょうか。

とはいえ,それではさすがに息が詰まるので,家族など追い出される危険が小さいコミュニティ内では,あまり神経質にならずある程度の偏りを,つまり甘えを許すというのが日本流だったのではないかと思います。

 日本には寄付文化が根付きにくいといわれますが,その一因として,こういった貸し借りへの敏感さがあるのかもしれませんね。

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