コウイカだって我慢できる

その他

コウイカの自制心を試す

コウイカは,頭足類(タコやイカ)に属する軟体動物です。今回ご紹介する研究では,コウイカに自制心があるかを試します。

ここでいう自制心とは,「すぐに手に入る小さな利益を我慢して,将来手に入るより大きな利益を得ようとする能力」です。ダイエットのためにきつい筋トレをしたり,肌荒れを気にして好きでもない野菜をたべたりするときに必要となる力ですね。定期預金なんかも,未来の大きな利益のために現在の贅沢を我慢してるわけですから,これに該当します。

この自制心,よくよく考えてみるとかなり高度な能力です。まず,現在置かれている状況だけでなく,未来の状況まで含めて意思決定をしなければなりません。この時点で,地球上の多くの生物がアウトでしょう。さらに,もし我慢することに決めても,目の前にある誘惑に手を伸ばしたくなる衝動を抑え続けなければいけないのです。ここでさらに有資格者は絞られてきます。

これまで,自制心があると示されてきたのは,ヒト・チンパンジーなどの霊長類,オウム・カラスなどの鳥類でした。いずれも,高度に発達した脊椎動物です。自制心は彼らの専売特許なのでしょうか。

この研究の結論は「NO」です。

 

論文紹介

Schnell, A. K., Boeckle, M., Rivera, M., Clayton, N. S., & Hanlon, R. T. (2021). Cuttlefish exert self-control in a delay of gratification task. Proceedings of the Royal Society B, 288(1946), 20203161.

問題の所在

霊長類や鳥類の研究の中で,自制心の発達の原因として以下の仮説が挙げられています。

  1. 長いライフスパン(低代謝,長い寿命)
    →すぐに死んでしまうなら,いま我慢する必要性は低い。
  2. 相互社会的な行動
    →他者と協力するのに,自分勝手は許されない。
  3. 不安定な食物資源
    →いつ獲物が得られるか分からない場合,じっとチャンスを待ったり,獲物を貯めておくといった戦略が要る。

これらは霊長類や鳥類に共通する特徴であり,どの要因が実際に自制心の発達にきいているかを比べるのは難しいです。

その点,この実験で使用するヨーロッパコウイカは③の要因のみをもっています。

  1. 長いライフスパン(低代謝,長い寿命)
    →×  寿命はたった2年ほど。
  2. 相互社会的な行動
    →×  協力のような複雑な交流はみられない。
  3. 不安定な食物資源
      待ち伏せが主な戦略であり,獲物が得られるかは不安定。

コウイカに自制心がみられれば,①②といった要因がなくてもそれが発達可能である可能性が示されたことになります

また,ここでは学習能力との相関も調べます。

自制心を測る実験

手続き

6匹のコウイカ(生後9ヶ月)で実験。
2つの条件(実験条件・統制条件)を用意して,コウイカがどうように行動するか観察しました。

・実験条件

  1. あまり好きではないがすぐ食べられるエサと,大好きだが一定時間待たないと食べられないエサを並べ,どちらか一方のみを選ばせる。
  2. 後者を選んだ場合には待ち時間を10秒ごと伸ばして,同じ操作を繰り返す。初回は10秒,次に20秒。その次は30秒‥といった具合。

これにより,コウイカが将来のより大きな利益のために我慢することができるかを試すことができます。

・統制条件
あまり好きではないがすぐ食べられるエサと,大好きだがいつまで経っても食べられないエサを並べ,どちらか一方を選ばせました。

これによって,いつでも大好きなエサを選ぶのではなく,きちんと状況をみて判断していることを確かめます。

結果・考察

・実験条件では,個体差はあるものの50~130秒までであれば,すぐに食べられる不味いエサを我慢して,大好きなエサを手に入れることができた

・待ち時間が長いほど,我慢できる個体の割合は減少した。

・統制条件では,ほとんど迷わずあまり好きではないがすぐ食べられるエサを食べた。

→コウイカには自制心があると考えて良さそうです。
統制条件との比較から,状況によって自制心を発揮するかをきちんとコントロールしていることも分かります。

学習能力を測る実験

手続き

逆転学習課題と呼ばれる方法で,コウイカの学習能力を測ります。
そして,自制心のデータと比較して相関があるかを調べます。
手続きの手順は以下です。

  1.  白or灰色のプレートを用意。
  2.  白プレートに近づいたときのみ,エサが貰えることをコウイカに覚えさせる(学習)。
  3.  手順2の学習が完了したら,今度は灰色のプレートに近づいたときのみエサを与える。
  4. 手順3の学習が完了するまでの試行回数を計測する(逆転学習)。

逆転学習は普通の学習と違って,事前に覚えた知識を抑制して新しい状況に適応しなけらばなりません。自制心を発揮する状況と少し似ていますね。

結果・考察

「自制心を測る実験」でより長い時間待つことができた個体ほど,逆転学習課題における成績が良かった(学習に必要な回数が少なかった)。

→自制心と学習能力との間には,なんらかの関連性,あるいは共通要因がありそうです。

 

6億年ごしの収斂

タコやイカといった頭足類は,周囲に合わせて体色を変える,好奇心を示す,巧みに水槽から逃げようとすることなどから,優れた知能をもつとされてきました。これらのレパートリーに,自制心も追加されていきそうですね。

今回はコウイカでしたが,タコやイカを用いた検証も是非期待したいところです。

頭足類は,約6億年前に脊椎動物から分岐し,独自の進化を遂げてきました。つまり。霊長類や鳥類とは別の経路をたどって,自制心という似たような能力を身につけたのです。

彼らはなぜ,そのような能力を身につけたのでしょうか。論文中では,狩りに有利だった可能性が指摘されています。待ち伏せして,一瞬のチャンスを待つ戦略が自制心を必要としたということです。

ただ,待ち伏せをする生き物なら魚類や甲殻類などにもたくさんいると思うので,それらとどう違うのかは,これからの検討課題かなと思います。

ちなみに,最近私は頭足類の心というものに関心を持っているのですが,そのきっかけとなったのが『タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源』という本です。

Amazon.co.jp: タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源 電子書籍: ピーター・ゴドフリー=スミス, 夏目大: Kindleストア
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哲学者でありダイバーでもある著者が,観察と思考の限りを尽くして,頭足類の心にせまります。頭足類は,体の構造も,脳のあり方も我々とはまったく異なります。例えば,彼らの触手は,各々別の神経系統で動くんだそうです。ヒトで言えば,手足が各自の判断で勝手に動いている感じでしょうか。

そんな頭足類の世界がどんなものなのか,気になった方は是非のぞいてみてください。
オススメです!

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