独りぼっちは嫌だから,ときに私はウソをつく ~アッシュの同調実験~

社会心理

理由なき同調?

 青春映画の金字塔『理由なき反抗』が公開されたのは1955年でした。ジェームズ・ディーン演じるジムは,チキンレースで死者が出たのにどうにか穏便にすませようとする大人たちの態度にブチギレます。後に勃発するカウンターカルチャーを予感させるこの映画は,事なかれ主義で煮え切らない大人への苛立ちを確かに表現していました。

 さて,ところは変わってとある大学の研究室。映画の公開と同じ年に,大人側の言い訳と言えなくもない実験がソロモン・アッシュによって行われていました。その一連の研究結果は,明らかに必要性も妥当性もない状況でも,人は長いものに巻かれ,「煮え切らない」反応をしてしまうことを示していたのです。

 この(一見)理由なき同調とでも表現すべき不可解な現象は,その後の社会心理学における重要なテーマの一つになっていきます。ここではアッシュによる代表的な実験をみていきましょう。

論文紹介

Asch, S. E. (1955). Opinions and Social Pressure. Scientific American, 193, 31–35.

問題の所在

人の言動、特に意見のあり方は、身の回りの社会的状況によって影響を受けます。

例えば他人と議論する際、多数派や専門家の意見に合わせて自分の意見を変えるのはよくあることです。もし多数派の意見が正しいなら,それに自分が合わせるのはもっともなことでしょう。逆に,他人が間違っているのが明らかなのに,それに従う(=同調する)としたら少々問題です。

ここでは,少数派vs多数派という状況に着目して,同調行動がどれだけ起こるのかを測定しています。つまり,「みんなが正しいかもしれないから」ではなく,単に「みんなが言ってるから」同調するということがありえるのかを確かめようというわけです。

手続き

実験は研究室にて、視覚的判断の研究と称して実施されました。実験参加者は123人の学生です。説明の都合上、あなたは他の学生7人と共に実験に参加しているとします。

研究室に入ると長い机に一列で座るよう指示されます。あなたは一番端の席に座りました。前を見ると,少し離れたところには2枚のボードが置いてあります。ボードの1枚目(図1、左側)には、直線が1本,2枚目(図1、右側)には直線が3本かかれています。

実験者によると、「1枚目のボードの直線と同じ長さの直線はどれか」を順番に答えるのが課題のようです。正答数による報酬の増減はありません。あなたは8番目(最後)の回答者になりました。

※もちろんこの場合は、真ん中(No.2)が正解。
※1人きりで答えた場合,誤答率は1%未満。

こういった質疑を1試行として、全部で18試行を行います。課題はどれも似たようなものです。淡々とこなしていきますが,簡単な課題なので意見が食い違うこともありません。

ただし、数試行目でおかしいことが起こります。あなたの前に答える参加者が、全員そろって不正解の直線を選び始めました(例えば図1のNo.3)。迷っている様子もありません。

18試行のうち、12試行でこれと同じことが起こります。さて、あなたは自分の正しいと思う回答を続けられるでしょうか?

※実験後に実験者から種明かしが行われます。あなた以外の参加者7人はサクラ(実験のために演技をしている人)だったのです。つまり、本当の実験参加者はあなただけでした。

結果・考察

・実験参加者の誤答率は36.8%
75%が1回以上多数派に同調
→1%より明らかに誤答率が多いです。
従って,多数派が明らかに間違っているにも関わらず,実験参加者は同調行動を示したといえます。

関連実験(同調を促進 / 抑制する要因は何か?)

アッシュは少しずつ条件を変えながら同様の実験を行うことで,同調にはどんな要因が関わるか調べました。ここでは、その一部を簡潔に紹介します。

【多数派の人数】
多数派の数を1~15人に変えて実験。
1人ならほぼ同調なし。2人なら13.6%,3人なら31.8%の試行で同調。
それ以上増やしても、大きな変化なし。

【少数派の仲間】
1人でも少数派の仲間がいると、同調行動は大きく減少。
その仲間が自分とは違う意見でも効果あり。

【仲間の消失】
仲間が途中で多数派に同調すると、途端に同調行動が激増。
仲間が中座しただけなら、多少同調行動は増えるものの、その度合いは控え目。

理由なき同調の理由

多数派が明らかに間違っていても,少数派による同調行動は起こるようです。この実験で一回も同調せず,自分の意見を貫いた人は全体のうちたったの25%でした。 

この実験の課題はかなり簡単です。見ればわかるというレベルです。それでもこの有様なのだから,より真偽の曖昧な場面では推して知るべしでしょう。

さて,こういった同調は何によって生じるのでしょうか。関連実験の結果を見る限り,単に少数派になるだけでなく,独りぼっちになるのがまずいようです。仲間が1人いるだけで,同調はかなり減っていました。仲間がそこにいなくても,中座しただけなら結構耐えられます。ただし,仲間が寝返った場合は,途端に同調率が跳ね上がりました。その場での単純なパワーバランスだけでなく,自分以外の誰かがわかってくれているという感覚が,孤立しかけた状況の人間には重要なのかもしれません。

余談ですが,心理学(特に社会心理や進化心理?)の説明では,「コミュニティから孤立しないために~~の性質や行動傾向が備わっている」的な説明がよく出てきます。生きていくためには,絶対に孤立してはならないといわんばかりです。

そういえば『理由なき反抗』で死んだのは,なんだかんだ理解者を獲得したジムではなく,最期まで孤独を抜け出せなかった…。これ以上はネタバレになるのでやめます。

とにかく,何かと悪いものとされがちな同調行動も,一概に不合理とはいえないみたいです。それに,同調した側だって必ずしも葛藤なく流されているわけではありません。実験後のインタビューによると、ある者は「自分が間違っている」と心から同調していた一方、他の者は「他の回答者は最初の人に従わされているだけだ」「みんな錯覚に惑わされている」と思いながら、口では多数派に流された回答をしていました。

理由なき反抗には若者なりの理屈があったように,理由なき同調には大人なりの理屈がちゃんとあるということでしょう。それがどんなに言い訳がましく,格好悪かったとしても。

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