ベトナム・カメラ・心理学(疑似日記part29)

疑似日記 (byササキ)

『ディエンビエンフー』を読みました。

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西島大介による漫画で,ベトナム戦争を扱った作品です。日系アメリカ軍人ヒカル・ミナミと,ベトナム最強の少女兵「お姫さま」のラブストーリーを通奏低音に,戦争の惨劇がコミカルに描かれていきます。テーマは重くても,描き方は果てしなく軽やかです。

ベトナム戦争を扱った名作といえば,アメリカのハリウッド映画がいくつも浮かびますが,それらとはまた違った角度からその姿をえぐっていきます。強いて言葉にするなら,ベトナムの立場,そして第三者の立場から,といった感じでしょうか。

この作品では,重要アイテムとしてヒカル・ミナミのもつカメラが言及されます。ヒカルは軍の報道部に所属するカメラマンですが,写真の腕があるわけではありません。しかも,カメラには大抵フィルムも入っていません。はっきり言って,かなり中途半端な存在といえるでしょう。

ヒカルはおそらく中途半端を具現化したキャラなのだと思います。日本にルーツを持ちながら日本に行ったことはなく,アメリカ人としての矜持があるわけでもない。政治的信念など何も持たずに戦場に来た,ありふれた若者の一人。可哀そうな過去も,誇るべき血筋があるわけでもない。

そんな彼を特別たらしめているのは,まぎれもなく戦場の当事者でありながら,絶対的な傍観者でもあるという事実です。それは彼が何も考えず,カメラのファインダー越しに世界を見ているからこそ可能になっています。賞賛も批判も彼にはありません。何物にも肩入れせず,常に一歩引いたところから眺めているので,仲間が殺されても敵が殺されてもヘラヘラしていられる。右と左が入り乱れた戦場で,唯一彼こそが中立です。

こんな感じで,ヒカルは主人公としてなかなか独特な立ち位置にあります。読者に嫌われることもなければ,共感されることもないであろう不思議なキャラクターです。

私は,彼自身よりも彼とカメラの関係に妙な共感を覚えました。私と心理学の関係は,実際のところこれなんじゃないかと思ったのです。

心理学的に人間の行動を考えるとき,私の視点は俯瞰の状態になります。他でもない人間の私が,それを踏まえた上で人間を上から見下ろす構図です。そして当然ですが,俯瞰で眺めることには,対象との距離をとることも含まれます。

何かストレスフルな現象があったとき,決まって私はそれをなんとか説明しようとします。妥当な説明が見つかれば嬉しいですが,そうでなくても無駄ではありません。頭の中で理屈をこねくり回すこと自体が,私の緊急回避なのです。耐えられなくなったら,目を背けるのではなく,距離をとって眺め続ける。それが私のやり方なのでしょう。

格好つければ,ヒットアンドアウェイ戦法と言えます。これは狙撃手のやり方です。

そういえば作中に,「優秀なカメラマンは優秀なスナイパーになれる」という言葉がでてきます。ならば,優秀な心理学者は優秀なスナイパーになれるのかもしれません。あるいはカメラマンに。

まあ私,ぜんぜん,優秀などれでもないのですが。

※疑似日記とは?
https://psychseeing.org/gn1-gijinikkinitsuite/

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