誰がために踊るのか ~宗教儀礼の存在理由~

社会心理

民間信仰「カンドンブレ」

カンドンブレ(candomblé )とは,奴隷貿易の時代,ブラジルに連れてこられた人々がアフリカの土着宗教を持ち込み,キリスト教などを吸収しつつ発達した民間信仰です。低~中流階層を中心に200万人ほどの信者がいるとされています。

信者は,儀式や祝宴への参加,一定期間の禁欲,様々な取り決めの遵守といった義務を課せられます。Youtubeで検索すると,音楽に合わせて踊る儀式の映像をみることができます。

彼らはなぜ,こういった宗教儀礼を行うのでしょうか?

世界中の宗教的コミュニティが,なんらかの形でこういった宗教儀礼をもっています。そして当然ですが,宗教儀礼には時間やお金,手間がかかります。カンドンブレ信者のように決して裕福とはいえない人々が,意味もなくこんなコストをかけているとは考えられません。

この問いに対する一つの仮説は,「コミュニティの一員としての忠誠を示すため」です。では,なぜ忠誠を示すのでしょうか。それは「メンバー同士の協力関係を維持するため」です。忠誠を示しているということは,裏切りの可能性が低いと考えられます。だから,宗教儀礼をちゃんと守っている者は信頼できるという理屈です。

今回ご紹介する研究は,カンドンブレの信者を対象とした実験でこの仮説を検証しています。ただし,その結論はカンドンブレ以外の宗教を考える際にも示唆を与えるものでしょう。

論文紹介

Soler, M. (2012). Costly signaling, ritual and cooperation: evidence from Candomblé, an Afro-Brazilian religion. Evolution and Human Behavior, 33(4), 346-356.

問題の所在

宗教集団には,しばしばコストの高い宗教儀礼が存在します。進化論的な見方によると,もしそれが適応上何の役にも立たないならば,いずれ消えてしまうはずです。

しかし,宗教儀礼を集団への忠誠のシグナルとして捉えればどうでしょう。つまり,忠誠という目に見えないものを確認するために,宗教儀礼という目に見える行動を課しているのです。

もしこれが正しければ,普段から宗教儀礼を積極的に行っている人ほど,メンバー間の助け合いにも積極的であると考えられます。

手続き

実験には14のトヘイロ(教会)のメンバーが参加。実験場所はそれぞれの教会の一室です。
実験者参加者は全部で,253名(女性138名,男性115名)でした。
具体的な手続きは以下です。

①普段どれくらい宗教儀礼に参加しているかを尋ねる質問紙に回答。
項目例
・週に一回はトヘイロに来ているか。
・神のため,常に蝋燭をともしているか。

②公共財ゲームに参加

以下の手順で金銭の絡んだゲームを行います。

  1. 参加者は4人組(無理なときは5人)のグループに分けられる。互いに誰がどのグループかはわからない。
  2. それぞれ10レアル(一日の稼ぎくらい)が入った封筒を渡される。
  3. 手元に残したい額だけ封筒から出し,封筒を返却する。
  4. 返却された額はグループ単位で合計され,2倍にした後,グループメンバー全員に分割される。
例えば,グループの4人全員が10レアル全額を返却した場合,全員がその2倍(20レアル)を受け取れます。
  (10×4)×2÷4=20

しかし,1人が封筒から10レアル抜いて返却した場合,抜いた1人(α)は25レアル,抜かなかった3人(β)は15レアルだけ受け取ることになります。
 α: 10+(10×3)×2÷4=25
β: (10×3)×2÷4=15

グループの他のメンバーを思うなら,封筒にはなるべく多くお金を残しておいた方がよいですね。

結果・考察

重回帰分析の結果,普段から宗教儀礼に参加している人ほど,公共財ゲームで封筒に残したお金が多い傾向がありました。

→宗教儀礼への参加は,コミュニティへの忠誠のシグナルとして機能していると考えられます。

たとえ神様がいなくても

今回は,人類学のフィールドで行われた実験を紹介してみました。宗教を真正面から扱うには,こういったアプローチも非常に有効です。とはいえ,手続き自体は心理学や経済学でよく行われるものです。

宗教儀礼はコミュニティへの忠誠を表すシグナルとして,一定の精度をもっているようですね。これにより,儀礼をきちんと行っている人同士は,安心して助け合いの関係をもつことができます。宗教儀礼は,神様だけでなく仲間に見せるために行っているという一面があるようです。

カンドンブレの場合は,医療システムなどの社会的サポートを提供しています。そこから排斥されてしまうことは,貧しい人々にとって非常にリスキーです。そうならないためにも,良き信徒であることをアピールする必要があります。

ちなみに,忠誠のシグナルとして機能するためには,その宗教儀礼が他の目的に有用であってはいけません。例えば,「PCスキルを上げる」というのが忠誠のシグナルだとします。その場合,忠誠を示すためにPCを勉強した人と,仕事で使うためにそうした人の区別がつかなくなってしまいます。

従って,宗教儀礼の多くは実用的な目的をもちません。神様に捧げる歌や踊りは,それが他の役には立たず,それなりにコストがかかるという点で,忠誠のシグナルの条件を満たしています

神様が実際にいるかはわかりません。しかし,もしいなかったとしても,熱心に祈り,歌い,踊ることには意味がありそうです。

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