不完全燃焼ほど燃え上がる ~ツァイガルニク効果~

認知心理

「ツァイガルニク効果とは」

ツァイガルニク効果とは,達成できた事柄よりも,達成できなかった事柄や中断している事柄のほうをよく覚えているという現象。

マーケティングで使える心理学,とかいう触れ込みで頻出する語義です。例えば「漫画の続きはアプリで!」と言われると見てしまうような,よくある広告効果の説明にも使われていますね。

ただ,元論文を読んだことがある人は,その中に何人いるのでしょうか。かくいう私も読んだことがなかったので,これを機会に読んでみるか…と思ったらなんと1927年にパブリッシュされたもののようです。

1927年って何年だよ(1927年だよ)の気持ちで出来事を調べると,「リンドバーグ大西洋単独無着陸横断飛行」やら「南京事件」やら,世界史でやったところだ!と心の中の進研ゼミが叫びだしました。

ちょっとしたレガシーの香りがある論文もたまにはいいよね,と軽い気持ちで始めたいと思います。よろしくお願いします。

論文紹介

Bluma Zeigarnik (1927). ON FINISHED AND UNFINISHED TASKS, Psychologische Forschung,-15.

問題の所在

先行研究より,人は何らかの欲求が達成されていない時は緊張が持続しやすい一方,欲求が達成されるとその緊張は解消する,という傾向を持つと考えられます。

その傾向が記憶にも適用されるかどうかを検討します。

”緊張状態”ってなんでしょう?

後続の研究も含めて考えると,”その目標や,目標達成のための行動に注意が向く≒リソースが割かれている状態”と言い換えてよさそうです。

手続き

被験者(32名の成人)は,与えられた課題をできる限り早く行うよう指示されます。
課題は22セットあり,1セットが3~5分で終わります。粘土を用いた工作や,パズルなどの頭を使う作業です。

被験者は,

  • 完遂課題:課題を完了するまで行う
  • 中断課題:課題の遂行を中断させられる

の2種類を半数ずつ行いました。

中断は,被験者が課題に一番夢中になっていると実験者が判断した時に,次の新しい課題を与えることで行いました。
そして,最後の課題を終えた後に,取り組んだ課題を想起しました。制限時間はありません。

結果

・中断課題の方が完遂課題よりも,想起の割合が約2倍高い
中断した課題の方が完遂した課題よりも想起されやすい

・課題の終盤で中断される方が,課題の序盤で中断されるよりも想起成績が高い
終盤で中断される”課題完遂への欲求”が強い方が,緊張状態が持続する

統計的手法を用いた分析ではないですが…この差は驚きです!

対立仮説の検討

この差の理由として,
”課題完遂の欲求が達成されず,完遂に対しての志向が高まっているため”
という仮説とは異なる2つの説明も考えられます。

対立仮説①
中断というショックが与えられたため,注意が向き記憶が保持されやすくなった

中断した課題を後で再提示し,完遂させる「中断-完遂課題」を追加して実験しました。
参加者は,

  • 完遂課題(6個)
  • 中断課題(6個)
  • 中断-完遂課題(6個×2回)

の3種類をランダムに行いました。

→完遂課題と中断-完遂課題の想起成績は同等で,
2種の課題よりも中断課題の方が想起されやすいことがわかりました。

→よって,中断による注意が記憶の保持に影響するという仮説は否定されました。



対立仮説②

被験者が「中断されただけで後々行われる課題だ」と考え,よく覚えておこうとした

→中断課題について,

  • 今後やらない課題であることを示す:中断-提示なし課題
  • あとで行うことを伝える:中断ー再提示課題

の2パターンを加えて実験しました。

→結果,どちらの課題も想起の差がほぼなく,この仮説も否定されました。

総合考察

①②の対立仮説が否定されたので,達成への欲求に基づく最初の仮説が支持されます。

中断課題では,「課題を完遂したい」という欲求が達成されないため緊張が持続し,目標志向的な状態が続きます。
つまり,課題に対して割くリソースが多くなり,それが想起成績に影響を与えたと考えられます。

圧倒的温故知新

約100年前!の論文でした。記憶の実験ではありますが,理論の枠組みが今と違うので注意が必要です。(短期記憶などの概念が出てきたのは1950年代でした。)
実験手法や検定方法も現代とは色々と差があるので,もし引用するならばそれらの違いや実験の穴を理解した上で行うのが良いですね。

ツァイガルニク効果の引用は,「続きはwebで」といった引きのある広告の説明でよく見られます。
しかし,原典を読む限り,あくまで当事者が行ったことに関する記憶に対する説明では,と感じます。広告については他にもっとよく説明できる理論もあるだろうに…判を押したような定義を並べても誤った理解が定着するだけでは…と結構もやっとした気持ちになりました。後続の研究をレビューできていないので,見当違いの怒りである可能性も高いですが。

当たり前とされるような効果でも,その検証の仕方や立脚する理論によって適用できる事柄は異なるので,原典をあたって背景まで考えるのも時には重要です。
ただ今回,構成が現代の論文とは違うので,読んでいてかなり苦労しました…。イントロがほぼなく,実験→結果と少しの考察→追加実験→…を繰り返していくので,総合的な解釈が難しいのです。著者の思考をそのまま追っているかのようなライブ感はありましたが。
たまにはこんな温故知新もいいかなと思いましたが,祖父母との会話に近い感覚を覚えたので,しばらくはもう少し年の近い論文と遊ぼうと思います。

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