あの日あの時あの場所で… 場所が一番大切です!

認知心理

「記憶力」は「思い出す力」?

 皆さん,「記憶」やってますか。年を取るとだんだん記憶力が薄れてくる,という世間の通説がありますが,ある種「忘れてしまった」という体験は,通常の「思い出す」体験よりもショックが強いので,よく記憶に残ってしまうのかもしれませんね。

 私も,会社で社内のフロアを往復していると,別の場所に移動した瞬間に「何をしに来たんだ…?」と途方にくれることがあります。そしてトボトボと自分のデスクに戻った瞬間に,「コピーを受け取りに行ったんだった」と肩を落とし,階段でカロリーを消費する運びになるのです。コロナ禍で運動不足だし…と,丁寧に合理化まで図ります。人間の認知とは,かくも適応に特化しているものです。

 さて,この時,なぜデスクに戻ったとたんに仕事を思い出すのでしょう。一説に,いわゆる「文脈効果」の影響が示唆されています。要は,覚えた状況と同じ状況にある場合,記憶を呼び起こしやすい,というものです。この効果を示すために,1975年にゴードンとバッデリーが,今では倫理申請を通すのが難しそうな,少し尖った研究を行っています。

 脳の働きのピークは20歳というし(※言うまでもなく諸説あります),社会人の脳なんてこれから衰える一方なんだ…と諦めているそこのあなた!ゴードンとバッデリーが,そっと寄り添ってくれることでしょう。

論文紹介

Godden, D. R., & Baddeley, A. D. (1975). Context-dependent memory in two natural environments: On land and underwater. British Journal of Psychology, 66(3), 325–331.

問題の所在

「文脈効果(contextual effect)」については,古くから多くの実験が行われています。

それらは概ね,情報を記憶した環境に対して,それと【同じ環境】,もしくは【異なる環境】で記憶した内容を想起した場合に,【同じ環境】での想起成績の方が高いことを示してきました(e.g., Bilodeau & Schlosberg ,1951)。しかし,これらの実験にも,2点の問題点が示されています。

手続き上の問題:成績の差異は,【異なる環境】群の実験参加者が,他の環境へ移る際に記憶に混乱が生じているために起こるのではないか。また,【同じ環境】群は移動に気を取られないため,記憶内容のリハーサルができるから成績がいいのでは?
生態学的妥当性の問題:心理学実験の悩ましい点ですが,当時の実験群はかなり特殊な環境下で行われていました(例:特殊なライトの元で行う,参加者をボードに拘束するような形など)。そのため,実際の社会生活的な場面では適用されないのではないか。

 効果そのものだけではなく,①②についても検討した実験です。

手続き

 大学のダイビングクラブに所属する男女18名,以下の4条件で【2~3音節の単語リストの記憶⇒想起】を求めました。

  1. 陸で学習⇒陸で想起(環境一致)
  2. 海で学習⇒海で想起(環境一致)
  3. 陸で学習⇒海で想起(環境不一致)
  4. 海で学習⇒陸で想起(環境不一致)

 

水中での学習のため,教示や単語リストはすべて録音され,聴覚提示されました。呼吸のタイミングなども統一されています。

 この場合,①②の環境一致条件の方が,③④の環境不一致条件よりも想起成績がいい,という仮説が立てられます。

また,もし普段と学習環境が異なることが成績に影響するなら,一致条件の①>②間にも差が生じます

さらに,①の一致条件に加え,

①-1:陸での学習⇒4分間のダイビング ⇒陸での想起
①-2:陸での学習⇒4分間のインターバル⇒陸での想起

という,1要因2条件参加者内要因を付け加え,リハーサルの有無や環境の移動が想起に影響を与えていたかどうかも比較を行います。

両者の間に有意差があれば,実験手続きが適切ではない(≒文脈効果の影響が支持されたとはいえない)こととなります。

結果・考察

 学習の環境,想起の環境の交互作用が有意となり,①②の一致条件の方が,③④の不一致条件よりも想起成績がいいという仮説が支持されました。

なお,①②(環境一致条件)の間,及び③④(環境不一致条件)の条件内では成績に有意差はみられませんでした。この実験は,実験室内ではなく,自然な条件で行っていることに加え,学習環境による差もないため,生態学的妥当性もある程度保持され,文脈効果が認められたと考えられます。

 また,①-1と①-2の間の想起成績にも有意差がなかったため,環境の変化による混乱やリハーサルの影響が大きくなかったことも示唆されました。

なぜこのような表現をしているかというと…③よりも③-1,③-2の成績は低かったのです。理由としては,参加者の属性が③と1-2で異なっており,実験状況に不慣れだったことによる床効果などが挙げられています。

 手続き上の限界はあるものの,実験条件を適切に設定した上で,学習と想起環境の一致が想起成績に影響を与えることや,その生態学的妥当性は示されたといえるでしょう。

手続きの緻密さが,実験を導く

実験内容そのものは,大学の授業で聞いた人もいるのではないでしょうか。受験の時によいパフォーマンスを発揮できるように,普段から静かな環境で(受験状態に近い環境で)勉強しましょう,といったことも盛んに言われていますが,元になっている論文の一つです。

今回改めて読んでみて,手続きの長さと丁寧さに驚きました。実験手法を取る場合,100%完璧な実験というのは存在しないため,必ずどこかに限界が生じます。その時に重要なのは,「自分の問いや先行研究の指摘を(理論的に)カバーできる手続きをとる」ことなのではないかと思います。その点で理想的な内容ではないでしょうか。特に,実験手続きの限界点についてはかなり丁寧に書いてあり,考察においてきちんと留意されている印象です。

しかし,ダイビングで4日間ぶっ続けで実験とは,物理的にも精神的にもしんどかっただろうと思うと,筆者の苦悩が偲ばれます…しかし,思いついたときは「これだ!!」さぞかし嬉しかっただろうな,と少し羨ましくなりました。共同研究って,いいですよね。

 大学でこれから初めて心理学実験をする,という方もいらっしゃるかと思います。個人的には,最初の実験計画で要因を増やしすぎると,手続きで考慮・統制するべき点がどんどん増えて大変になることも多いので(教授陣のありがたい指摘がマシマシになることも多いので※実体験です)一要因くらいからはじめてみるのもいいと思います。

 私の修論を担当いただいた教授は,「狙い通りの結果が出る実験なんて一握り,そこに行き着くまでに無数のトライアンドエラーがある」と仰っていましたが,まさにその通りですね。実験が思った通りに進まなかったり,途中で手続きの粗を見つけて凹んだり,追加の参加者集めに奔走したり(※実体験です)…諦めたくなる瞬間もありますが,何千人もの研究者と一緒に,繰り返し積み重ねていく,という気持ちでいきたいですね。

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