「先に言ってくれれば…!」 聞き手の知識を活かす

認知心理

大事なことほど共有できない?

「そういうことなら,先に言っておいてくれたら…」と思うこと,ありますよね。

昔,「じゃがいも切っといて」と言われて,台所に出ていたフライパンを見て「炒め物に使うのか」と思った私は,火が通りやすいサイズで小さく切りました。その直後,実は肉じゃがを作る前準備だったことが判明し,「煮物に使うつもりなら,先に言ってくれればもっと大きめに切ったのに…」と肩を落としたことがあります。しかも,頼んだ当の本人は共有できていたつもり(!)だったことに驚きました。大前提ほど,共有しているつもりになってしまうのはいつの世も怖いことです。

昔の私がキーワードを掴んでいれば,「肉じゃが」に関する知識を呼び起こし,適切に動くことができたでしょう。今日は,そんな(当たり前といえば当たり前の)現象を,「文章を読んで理解する≒reading comprehension」の分野において,実験的に示そうとした1972年の研究のうち,最も有名な実験2を紹介します。

論文紹介

J. D. Bransford &, M. K. Johnson(1972). Contextual Prerequisites for Understanding:Some Investigations of Comprehension and Recall. JOURNAL OF VERBAL LEARNING AND VERBAL BEHAVIOR, 11, 717-726.

問題の所在

文章を読み理解する際には,文と文の関係を類推してしまい,各文に書かれていないことを「書いてあった」と認識してしまう場合もあります。

例えば,「彼は自転車を運転していた。彼は足をけがした。」という2文を読んだ場合,「彼は自転車に乗っている最中に転んだ」という,直接書かれてはいない内容を補うような推論を行ってしまう,といったイメージでしょうか。

先行研究からも示されるように,人間は,文自体の意味を常に正しく保持できるわけではなく,文章を読んで得た情報と,既に自分が持っている知識を合わせて解釈を行いつつ,文章を読み理解する傾向があると考えられます。

その傾向を考えると,意味を持つ文章情報を的確に処理するためには,ある種特定の既有知識が必要な可能性があります。また,事前に持っている知識が文章理解にどのような影響を与えるかを,実験1~4を通して検討した研究です。ここでは,実験2を紹介します。

方法

一見しただけでは,その内容が何を示すかがわかりにくい文章(材料A)を呈示し,その後理解度の評定(1~7;7件法)と想起テストを行いました。参加者は大学生の男女52名でした。

材料Aが何について記述してある文章か」を,

  1. 示さない:統制群
  2. 材料Aを聞いた後に示す:事後群
  3. 材料Aを聞く前に示す:事前群

の3群に分けた参加者間要因の実験として実施しました。

材料

初めて見る方は,①統制群か②事後群になったつもりで,材料Aを読んでみてください。(原文は,元論文p.772の材料A部分をご参照ください)

●和訳:手順は実際には非常に簡単です。 まず、物をいくつかのグループにわけます。 もちろん、量によっては、1つのグループで十分な場合もあります。 次のステップに必要な設備が足りないために,どこかに行かなければならない場合でなければ,準備は終了しています。 一度にやり過ぎないことが重要です。 つまり、一度に行うことは多すぎるよりも少なすぎる方がよい,ということです。短期的に見ると,これはあまり重要ではないように思われるかもしれませんが、そうでないと面倒なことになる可能性があります。 高くつく可能性もあります。 最初は、手順全体が複雑に思えるかもしれません。しかし、それはすぐに生活の一部になるでしょう。 この作業の必要性は近い将来になくなる,と予言できる人はいないでしょう。手順が完了した後、物を再び別のグループにわけます。 その後、それぞれを適切な場所に配置します。 最終的にはそれらがもう一度使用され、サイクル全体を繰り返す必要があります。 ともあれ、それは生活の一部なのです。

事前/事後に与えられる内容:「この文章は“洗濯”についてのものです」
(※答えは反転でご確認ください!)

結果・考察

理解度評定・想起テストともに,①統制群と②事後群よりも,③事前群の成績が有意に高いという結果が得られました。

文章を読んだ後に,その文章内容に関する知識を与えられても,理解や想起を促進するような影響は与えられないと考えられます。

よって,文章の理解をより促進するためには,その文章を読んでいる間に必要な知識構造を活性化できるような手がかりが必要(※本実験では,「何についての文章か」という手がかり)である可能性が示唆されました。

「思い込んでいない」という思い込み

最初の失敗談のように,料理を作るときであっても「肉じゃがを作ります」と言われてから作るのと,「じゃがいもを切ってください」から始まるのでは,ずいぶん出来が変わることでしょう。自分の中にある知識が,いかに普段の文章理解に影響を及ぼしているかが見て取れます。

そんな一見当たり前のことも,実証するまでは一種の感覚論でしかありません。実験や調査により,エビデンスを以て事柄を示すことは,応用研究などを行うにあたっても大きな意味があります。当たり前のことを,適切な手続きを以て証明する,という地盤こそが,研究領域においてはとても重要なんですね。基礎研究は日常生活に示唆しにくいと思われがちですし,面白さが伝わりにくい場面も多いのですが,基礎を固めることでその後の研究がより進みやすくなると思います。

さて,一口に「文章を理解する」と言っても,その意味や辿るプロセスは様々です。人は案の定,適当な読みを行うことが多いので,文と文の間を「自然に」補完してしまうのですね。既有知識が文章の理解に影響している,ということを意識すると,人に何かを伝えるときも,相手が持つ前提(既有知識)をよく考えることは重要です。「文章を【正しく】理解する/できるように伝える」って,一言で言えるけれど,実はすごく難しいことなんですね。私の関心領域なので,これから色々紹介できたら嬉しいです。

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