イメージを観測せよ ~心的回転~

認知心理

主観の世界をのぞかせて

突然ですが,いまから説明する風景を思い浮かべてみてください。

あなたはビーチに来ています。砂は白く,海は青黒く広がっています。空には雲一つありません。砂浜は海水浴の客で賑わっています。右手には海の家も見えます‥。

これくらいにしておきましょう。いい感じに情景が浮かんできたでしょうか?
浮かんだという方は,,その情景を私に見せてください。できるものならば‥。

心の中のイメージというのは非常に主観的なものです。他者と共有して見ることはできません。それなのに,なぜそんなものが存在すると言い切れるのでしょうか?

心の中のイメージが実在するのかという問いは,1970年代にイメージ論争という形で顕在化しました。現在も明確な決着はついていません。

ここで紹介する心的回転の研究は,心の中のイメージは存在するという主張の裏付けの一つです。主観的なイメージの世界を,データ化可能な方法で観測しようとした工夫にご注目ください。

論文紹介

Shepard, R. N., & Metzler, J. (1971). Mental rotation of three-dimensional objects. Science, 171(3972), 701-703.

問題の所在

人々が心の中のイメージを絵画や映像のような形で持っているとすれば,視点を動かすときに一定の時間が必要となるはずです。そうであるならば,視点を動かす幅が大きいほど,たくさんの時間がかかると考えて良いでしょう。時間は客観的に測定可能です。

この実験では,視点を動かす幅として,イメージした物体を回転する角度を採用しています。回転が大きい時と小さい時を比べて,必要とした時間に差があったら,人々は心の中に絵画や映像のようなイメージを持っていると考えてよいのではないでしょうか。

仮説

人の心に映像的なイメージが存在するならば,頭の中で視点を動かす幅(=図形の回転角度)が大きいほど時間がかかるはず。

手続き

実験参加者は8名。PC画面を見て,以下の課題を1600回行います。

  1. 立体図形が2つ同時に表示される。
  2. それらが(もし回転したら)同じになると思ったら,すぐに右手のレバーを引く。
  3. 違うと思ったら左手のレバーを引く。

課題で使った立体図形は,『脳科学辞典』にある画像を参照。
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%BF%83%E7%9A%84%E5%9B%9E%E8%BB%A2

2つの立体図形は,0°~180°(20°刻み)ずらしたところから見たものとして提示されています。

この実験の従属変数は,画像が提示されてからレバーを引くまでの時間(=反応時間)です。

結果・考察

・反応時間は,立体図形どうしの角度差と共に線形増加

・心的回転は1秒当たり約60°。
※ただし,考えたりレバーを操作したりする時間も含まれます。

・横回転/縦回転の場合を分けて分析しても,反応時間の増加傾向や速さに有意な差はなかった。

→実験参加者は,心の中のイメージを持ち,それを回転させていたと考えられます。

 

明快な切り口と,明快でない結論

主観の世界を,客観的なデータに落とし込んだシェパード&メッツラーのやり方は,如何だったでしょうか。心の中に映像的なイメージ」が存在するのかという抽象的な問題を実験で確かめようとした創意工夫には,ただ驚くばかりです。

しかし冒頭でも述べたように,イメージ論争に決着はついていません。イメージ否定派によると,心的回転などの実験結果は心の中のイメージを想定しなくても説明ができるそうです(その辺の議論は非常に込み入っていて,私も全然追い切れていないです‥)。

素朴な実感と,研ぎ澄まされた推論が激突する面白い領域なので,今後もう少し理解を深めていきたいと思っています。

ちなみに,私はあんまり「心の中のイメージ」が豊かでない方です。
例えば,さっき見た人の顔を心の中に再現できません。
忘れているわけではないのですが‥。

実は私もです!
小説読んでいても,全然情景が浮かばない。

思わぬところに同士がいました笑
我々が心的回転の課題をやったらどうなるんでしょう‥?

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